2015年の介護保険制度改正で、特別養護老人ホームなどの介護保険施設を利用した場合の、負担軽減制度(補足給付)が大きく変わります。今回は、その具体的な内容を詳しくお伝えします。
補足給付が受けられなくなると、老人ホームへの支払い金額が相当アップします。利用者さんにとっての大きな問題は、事業者経営にとっても大きな問題。他人事と思わず、しっかり受け止めてください。解説するのは、東洋大学 准教授の高野龍昭さんです。
注=補足給付は、介護保険の第1号のほか、第2号被保険者も対象となっており、今回の「厳格化」も対象となります。(2号被保険者が対象外なのは「1割負担から2割負担になる」点です。)
*今回の「厳格化」の対象となる施設については第4回を参照ください。
<監修・解説:東洋大学 准教授 高野龍昭 / 文:三輪泉(ライター・社会福祉士)>
どんなケースで利用者の費用負担が上がるのか?
介護福祉3施設と言われる「特別養護老人ホーム」、「老人保健施設」、「療養病床」は、福祉的な意味合いの強い施設で、公的なサポートも大きいものです。急速にすすむ高齢化で、今後さらに介護費用の増大が見込まれます。
現役世代への負担も増える中、生活に余裕がある人が入居する場合は、厚生労働省としてもそれなりの費用負担をしてほしい、という観点で、今回の改正にはさまざまな変更が盛り込まれています。
その中で、この補足給付については、今までにない給付条件の基準が設けられています。今回の変更点は、大きく分けて3つ。
(1) 配偶者の有無とその所得 (平成27年8月利用分から)
(2) 高額な資産 (平成27年8月利用分から)
(3) 遺族年金や生涯年金などの給付 (平成28年8月利用分から)
これまで、補足給付については、利用者本人の所得を基準にした段階を設け、その段階ごとに金額を設定してきました。ところが、「所得は少なくても資産が多い人がいる」「自分に所得がなくても、配偶者に余裕のある人がいる」などというケースもあります。そもそも、低所得者のサポートのために存在する給付なのに、裕福な人にも適用されるとなると、財源の危うさが取りざたされるこの現状には、ふさわしくありません。
そこで、これまでの本人の所得条件とは別に一定の基準を設け、補足給付の支給対象外となるケースを加えた、ということです。
新基準 (1) 配偶者の有無と、その所得
まず、配偶者の所得についてです。
夫婦で暮らしていて、一方が特別養護老人ホームなどに入居し、世帯を分けた場合(世帯分離)には、双方に食費や水道光熱費などが発生し、年金だけの暮らしではとても苦しくなります。そこでこうした場合、入居者が条件を満たしていれば、在宅の配偶者の所得が給付対象外でも、入居者は補足給付が受けられました(要申請)。
しかし、今回の改正で、
たとえ世帯分離をしていても、在宅の配偶者が住民税の課税対象者であれば、補足給付の支給対象外となります。
第1回の例で挙げたのが、このケースです。
改正後は、特養や老健、療養病床などの入居・ショートステイの利用の際に、補足給付の申請を市町村に行うと、市町村は配偶者の有無やその所得を確認し、必要に応じて金融機関への照会まで実施することができます。また、婚姻届を出していない事実婚の場合も、配偶者として扱われます。
配偶者の所得は、各市町村における住民税の課税状況からその所得額を確認します。
また、預貯金などは、本人・配偶者の自己申告が基本です。ただし、虚偽の申告をした場合の罰則が厳しく設けられるとともに、市町村が金融機関への調査を行う権限を有していることから、自己申告は正確に行うことが求められます。
例として、
入居者本人の所得が第2段階、年金収入が70万円で、ユニット式の特別養護老人ホームに入居している場合。
補足給付が受けられないと1日あたりの居住費は820円から1970円に増え、食費は390円から1380円となります。
合計すると1日2140円の増額です。2140円×30日=月に6万4200円の増。
こんなに急に増額になったら、本当に大きな問題です。
新基準 (2) 本人と配偶者の預貯金と資産
さらに、これまで補足給付の支給は
「所得」で判断されていましたが、2015年からは「預貯金などの資産」も勘案されます。
単身なら1000万円以下、夫婦の場合は2000万円以下であることが、補足給付の支給対象となります。つまり、これ以上持っている人は「裕福」とみなされて、負担軽減はしてもらえない、ということです。
1000万円…、一見多いような気がします。が、どうなのでしょうか。古くなった自宅の修繕、高度医療を受けるような病気や怪我、お墓の準備など、高齢になってからも大きなお金は出ていくことが想定されます。
さまざまな調査結果によれば、老後を支えるには、1人4000万円、2人で6000万円かかるとも言われます。この1000万円、2000万円を「裕福」の水準とすることが、正当なのかどうか、世論を待ちたいところです。
「預貯金など」の範囲と、その金額を証明するための申告の形は以下のとおりです。
●預貯金、信託、有価証券 ⇒ 自己申告+通帳の写しなどの添付
●その他の現金 ⇒ 自己申告
●負債 ⇒ 自己申告+借用書などの写しにより預貯金等の額から差し引く
*生命保険、貴金属その他の動産、不動産などは、今回は対象外です。
この申請は、市町村に対して5~7月ごろまでに行っておく必要があります。そうしないと、8月利用分からの適用に間に合いません。
預貯金の額、ましてやタンス預金などは、いくらでもごまかしがきくと思ってしまうかもしれません。しかし、不正を行うと、給付額の返還はもちろん高額な加算金が課せられます。必要に応じ、銀行等への預貯金の照会も行われる予定ですから、虚偽の申告は絶対にしないでください。
新基準 (3) 遺族年金や障害年金
現在、補足給付受給者のうち、第2段階と第3段階(
第4回参照)の利用者は、課税年金収入と所得額の合計額のみで、給付が受給できるかどうかの判定をしています。
しかし、以下のような非課税の年金を受け取っている人は、その額も含めて判定するようになりました。
●国民年金法による遺族基礎年金・障害基礎年金
●厚生年金保険法による遺族厚生年金・障害厚生年金
●共済各法による遺族共済年金・障害共済年金
遺族年金や障害年金は、生活ができるような金額で支払われるので、非常に大きな額です。所得がありながらこれらの年金を受け取っている人は、配偶者を亡くす、心身に障害を負うなど、ダメージは大きいものの、金銭的には恵まれているとみなされます。
なお、上記(1) (2)の配偶者の所得や預貯金等の勘案については、2015年8月利用分から施行されますが、(3)の障害年金・遺族年金の施行は、国・自治体のデータシステム改修の関係から、翌年の2016年8月から施行される予定です。
特養の申し込みが取り消され、事業者の経営も危機に!?
これまで、特別養護老人ホームは、費用の点で安心感があり、それも含めて「終の棲家」と考えられていました。けれど、補足給付の対象から除外されるような所得や資産が多い人にとっては、かえって不安材料が多くなり、「こんなことなら、特養の申し込みをやめて、在宅でなんとか暮らそうか」、「こんなにお金がかかるなら、いっそ有料老人ホームに移ろうか」と考える人が増えてきそうです。持っているお金は限られているのですから、「こんなに急に負担が増えるなら、怖くて入居できない」と思うのも、もっともです。
現状、入居している人の中にも、「支払いができなくなる」「預貯金が底をついてしまう」などの理由で、退去する人が出てくるかもしれません。あるいは、必要にせまられて個室ではなく、多床室(大部屋)の特養に移る人も出てくるでしょう。
事業者によっては、大打撃を受けるところもあるかもしれません。老人ホームなどは、全室が埋まることで経営が成り立つ場合が多いので、いくつも空室ができてしまうと、経営上苦しくなります。そうなると、ただでさえ求人難なのにますますスタッフも減り、サービス低下も起こってきそうです。「うちは今回の改正の影響はあまり受けないですむ」とホッとしていた事業者も、想定外の利用者さんの退去によって、危機にさらされることになります。
一方、利用者さん側に立ってみましょう。さらに、支払いが困難で退去したとします。だからといっても、在宅でも支援は必要。きめ細かい訪問介護の支援を頼めば、ホームに入居していたときと同様かそれ以上にお金が掛かることも考えられます。利用者さんの中には、自宅を処分してしまっている人もたくさんいるでしょう。そうなれば帰る場所もなく、しかたなくサービスや管理の点でさまざまに取り沙汰されている、安価な宿泊場所や無届のホームを利用せざるをえなくなるかもしれません。
とはいえ、介護保険改正はもうすすんでいます。内容を受け止めて、よりよい対処を考え、実行すべきときが来ています。不安な点もありますが、大事なことは、まず、正しく理解すること。そして早めに備えること。事業者は、利用者さん側に立った支援を心がけましょう。
連載でお伝えしてきた
2015年の介護保険改正特集。最終回となる次回は、65歳以上のすべての人、要介護になっていない元気な人にも影響する「月々の介護保険料の値上げ」について、ご紹介します。
*「2015年介護保険改正」特集の記事をすべて見る
●こちらの記事も参考に
→介護職なら知っておきたい!2018年度介護保険改正で介護医療院を新設
→次回、2018年の介護保険改正はどうなる?全員2割負担、市町村の指導…
プロフィール
東洋大学 ライフデザイン学部 准教授
高野龍昭(たかの・たつあき)
社会福祉士・介護支援専門員。医療ソーシャルワーカーと高齢者分野の社会福祉士の業務を経て、‘94年に介護支援専門員(ケアマネジャー)に。通算19年の相談援助の現場実践を重ねたあと、’05年より東洋大学で教員に。著書に『これならわかる<スッキリ図解>介護保険 2015年速報版』(翔泳社)など。
3月には『速報版』をさらに詳しく論じた『これならわかる〈スッキリ図解〉2015年完全版(仮)』(翔泳社)が出版予定。