最近、テレビや新聞などでも、盛んに取り上げられている、2015年度の介護保険改正。今回の改正では、介護報酬の引き下げ、特養の入所基準の変更、要支援者へのサービスが地域支援事業へ移行するなど、介護事業を揺るがす大きな改革が行われます。
そんな中、「利用者が支払う費用が変わる」ことにも注目してください。
「利用者は大変だけれど、自分たちには直接関係ないから」と軽視しがちですが、利用者負担が増えれば、介護サービスの利用を手控えるケースが増え、それが事業所の経営を左右することも。場合によっては「未収金」の発生につながることもあります。実は大変なことなのです。
そこで、介護求人ナビでは、介護保険の改正について、いち早く6回にわたって特集します。介護保険改正後の利用者の費用負担がどうなるのかを具体的にお伝えし、早め早めの対策を練ることができるようサポートします。解説は「これならわかる介護保険」の著者で、ケアマネジャーの経験も深い東洋大学准教授の高野龍昭さんです。
<監修・解説:東洋大学 准教授 高野龍昭 / 文:三輪泉(ライター・社会福祉士)>
特養への支払いが劇的にアップ!?
介護保険に関するニュースで、介護事業者にとってまず気になるのが、介護報酬の引き下げです。新聞の一面に取り上げられるなど、センセーショナルに報道されています。たしかに、これは事業者にとって、大問題。ですが、介護報酬ばかりに目を向けていては、キケンです。
2015年の介護保険改正での「利用者の費用負担の見直し」の影響は大きすぎるほど大きいのです。「持続可能な介護保険制度」のために、負担増はいたしかたない部分もあるとはいえ、事業者や介護職員は、この見直しについてしっかりと理解しておくべきです。
さらに、特別養護老人ホーム(特養)、老人保健施設(老健)、介護療養型医療施設(療養病床)を運営している事業所は、影響が大。この3施設で「特定入所者介護サービス費」の補足給付の対象とされている利用者さんには、自己負担金額に多くの影響があります。
まずは、下の例を見てください。
*特定入所者介護サービス費とは、所得が低い方のための措置。入居中に本来は全額が自己負担となる居住費と食費について、所得に応じた自己負担の限度額を設け、限度額を超える分は介護保険の予算から補足給付されます。(ショートステイも対象)
*適用されるのは、介護保険の第1号被保険者です。第1号被保険者とは、市町村内に住所がある65歳以上を指します。
<特養入居者(妻)の自己負担金額 変化の例>
・夫の年金収入が年間280万円以上で、妻が年金収入70万円程度
(夫が改正後の制度で第9段階、妻が第2段階にあたる。*段階については後述します)。
・自宅の夫と離れて、妻がユニット型の特別養護老人ホームに入居している(妻は要介護3)
*上記は一例です。実際には、要介護度、地域、施設の条件などにより金額に違いがあります。また介護サービスの費用は、一定金額に達した場合「高額介護サービス費」の払い戻しを受けられます(高額介護サービス費の払い戻しについては第3回で詳しく紹介)。
なぜ、費用負担が増えるの?
この例では、なんと負担が月9万円弱も増えるということ!? なぜ、こんなことが起こるのでしょうか?
このケースの場合、以下の3点の影響を受けるためです。
(1)介護サービス利用時の自己負担額が1割から2割にアップ
(2)居住費ついて、補足給付が支給されなくなくなるため、大幅アップ
(3)食費についても補足給付が支給されなくなるため、大幅アップ
(1)については、入所者またはその配偶者の年金収入が280万円以上の場合、自己負担を2割とする、という介護保険改正の影響です。すべての人がこんなに増えるわけではありません。「夫に280万円以上の年金収入があって、妻も70万円の年金収入があるならすごく裕福なんだから、しょうがない」と、事業者側も思ってしまうかもしれません。
(2)、(3)については、これまで、特養などに入所している妻は、入所先に住民票を移し、自宅にいる夫とは「世帯分離」をし、特養を自らの住所にして単身で住んでいる、というケースがほとんどでした。その場合、妻は単身世帯となり、年金収入が少なく低所得者として扱われることが多く、その場合申請すれば補足給付を受けることができました。
しかし、2015年の改正では、補足給付の条件として、「配偶者の所得を勘案する」ことになったため、夫の所得が多ければ、妻は低所得者扱いになりません。補足給付は支給されず、通常通りの支払いをする必要があります。
(1)、(2)、(3)とも、一定の収入や資産があることが前提となっているので、お金があるなら当然では?と思うかもしれません。
しかし、年齢を重ねた夫婦が、世帯を別にしてそれぞれ生活すると、非常にお金がかかります。それぞれに光熱費や食費がかかりますし、面会に行くにも一苦労。若い夫婦が夫の年収280万円、妻はパートで70万円というのとは、わけが違います。
これ以上、就労などによって所得を増やすのも難しい世代ですし、今後、夫も妻も大きな病気にかかるかもしれません。自家用車を運転してどこにでも行けるわけではなく、遠いところも徒歩で行ける体力もない、となれば、夫婦が別々のところに住まいながら暮らしていくために「十分に多い」と言えるのでしょうか?
そう考えると、利用者さんの身になって、この費用負担を重く受け止めるべきでしょう。事業者側の対応ひとつで、事業者への印象が大きく変わり、不信感をつのらせます。また、費用負担の増大で、もしかしたら「退居を考える」などということにも発展してしまいかねない事態なのですから。
これらの費用負担の実施は今年2015年の8月支払分から始まります。直前の6月か7月ぐらいに通知が来るので、何の知識もないと、事業者も利用者さんも、パニックになりかねません。
もし、このようなケースの利用者さんがいそうなら、事業者全体でぜひ把握しておき、この大きな負担増についてどうフォローするか、考えておいてください。利用者さんが驚いて、相談員やケアマネジャーなどに「どうなってるんですか!?」と感情をぶつける前に、利用者さんの立場で、対策を考えておくことが必要です。
また、このケースに該当しない方でも、概ね、利用料の負担は大きくなるでしょう。ひとりひとりの利用者さんの顔を思い浮かべ、負担によって打撃を大きく受けそうな方を想定しておきましょう。
次回からは、「介護サービス利用料の自己負担額の見直し」「高額介護サービス費の負担上限額の引き上げ」「施設介護の入所者の居住費や食費の見直し」「施設介護の入所者の資産などについての考え方の見直し」、そして「介護保険料の見直し」についてそれぞれ詳しく、順番にお伝えしていきます。
それぞれの個別の解説を参考にして、ざっと試算をし、対策を練っておくことをおすすめします。本格的に運用が始まる前に、事業所内で情報共有をし、対策を考える会議などもぜひ、開催してください。
次回は、「全員1割」から「2割」になる人もいる、
介護サービス利用料の自己負担金額の変更についてお話します。
*「2015年介護保険改正」特集の記事をすべて見る
●こちらの記事も参考に
→介護職なら知っておきたい!2018年度介護保険改正で介護医療院を新設
→次回、2018年の介護保険改正はどうなる?全員2割負担、市町村の指導…
プロフィール
東洋大学 ライフデザイン学部 准教授
高野龍昭(たかの・たつあき)
社会福祉士・介護支援専門員。医療ソーシャルワーカーと高齢者分野の社会福祉士の業務を経て、‘94年に介護支援専門員(ケアマネジャー)に。通算19年の相談援助の現場実践を重ねたあと、’05年より東洋大学で教員に。著書に『これならわかる<スッキリ図解>介護保険 2015年速報版』(翔泳社)など。
3月には『速報版』をさらに詳しく論じた『これならわかる〈スッキリ図解〉2015年完全版(仮)』(翔泳社)が出版予定。