2015年度の介護保険制度改正の中で、特に利用者の費用負担について取り上げる6回連載の第2回。今回は、巷でウワサの、「介護サービス費の自己負担が2割に増える」の内容をお伝えします。ほかにも大きな改正や費用負担があるものの、「1割から2割へ」と倍になるわけですから、利用者さんの動揺も大きいでしょう。利用者さんがどんな条件なら倍増するのかを、東洋大学 准教授の高野龍昭さんに解説してもらいました。
*適用されるのは、介護保険の第1号被保険者です。第1号被保険者とは、市町村内に住所がある65歳以上を指します。
<監修・解説:東洋大学 准教授 高野龍昭 / 文:三輪泉(ライター・社会福祉士)>
単身で年金収入280万円超えの人は2割負担の対象
介護保険では、2000年施行当初からずっと、介護サービス費の利用者の自己負担は1割でした。9割は介護保険から給付されます。ところが、高齢化がすすみ、介護保険利用者が増え続け、このままでは介護保険の存続も危機に瀕してしています。そこで、とうとう以前からささやかれていた「2割」を現実化するのが今回の改正です。
もちろん、全員が2割になるわけではありません。
今回の改正では、「一定以上の所得のある高齢者」に費用負担を大きくしてもらう、という考え方です。
具体的には、「前年の合計所得金額160万円以上の者」としています。なお、これは第1号被保険者(65歳以上)が対象であり、第2号被保険者(40歳から64歳まで)は所得が多くても1割負担のまま据え置かれます。
誤解されやすいので、説明しておきますが、この「所得」と「年金収入」とは、内容も数字も違います。年金が「手元に年間160万円以上振込まれる人」が対象ではありません。税理上、控除がありますので、この控除を差し引いた額と考えます。
年金だけが収入源の場合、280万円の年金収入の人は、控除が80万円あります。控除後の年金は、税理の上では「雑所得」とされます。年金収入280万円が、雑所得160万円にあたるため、年金額で言うと280万円以上支給されている人が、今回の「2割」対象者になる、というわけです。
また、高齢でも、何らかの形で事業所得や給与所得のある人もいますね。こういう方は控除後の金額が160万円以上であれば、「2割」対象者となるわけです。
ただ、事業所得の場合も、「売上」=所得ではありません。その事業をするにあたって必要な交通費や資料代などの経費を差し引いた金額が160万円に満たなければ「1割」となります。
なお、事業所得や給与所得が160万円以下であっても、年金がプラスして計算されます。
下記の図をご覧ください。
例えば、
・事業所得や給与所得が160万円、基礎年金収入が79万円、厚生年金が100万円の場合、合計は339万円。
「280万円」を超えるため、自己負担2割の対象者になります。
・事業所得や給与所得が160万円、基礎年金収入が79万円で、厚生年金が0円の場合、合計は239万円。
収入としては「280万円以下」なので、2割にはならない、というわけです。
夫婦で年金収入合計が346万円以内なら対象外に
前述の判定基準は、単身の場合です。配偶者とともに住んでいる場合など、2人以上世帯の場合は、「1人分の年金収入が280万円以上であっても、世帯の年金収入が346万円以内」なら、負担能力が低いと考えて「1割」となります。
例えば、
・夫が収入280万円で、妻が基礎年金のみの66万円だとすると、世帯の収入は346万円となります。
この場合、夫が2割負担、妻は1割負担となります。
・夫が収入340万円で、妻が無年金で0円の場合、世帯の収入は340万円。
このケースでは、夫だけ見ると280万を超えますが、世帯収入で見ると346万円以内。そのため2人とも1割負担です。
・夫が収入270万円で、妻の収入が270万円の場合、世帯の収入は540万円。
このケースは世帯収入は多いですが、それぞれ単身で見ると280万円以内。ですから、2人とも1割負担。
厚生労働省の試算では、実際に「2割」に負担がアップするのは、要介護者のうち2割程度(在宅サービスの利用者のうち15%程度、特養入所者の場合5%程度)と推計されています。
「要介護者のうち2割」、これは事業所にとって、少ない数字でしょうか? 単純に言って、
利用者さん5人に1人が「大打撃」なのですから、ゆゆしきことです。
ただし、「2割」になっても、高額介護サービス費の払い戻しによって、自己負担金部分が減額される人も多いはず。高額介護サービス費の払い戻しについては、次回詳しくご説明します。
自己負担が2割になるなら、利用を減らすという人も
これらの判定基準は、前年8月1日からその年の7月31日までの所得から計算します。ただし初年度である今回は、2014年の1月~12月の所得情報に基づいて決定します。
今後、介護サービス費が2割になるなら、サービスの利用回数や時間数などを減らそうと思う人は増えてくるでしょう。入所の場合はなかなか変えられませんが、デイサービスや訪問介護であれば、回数を変えて介護サービス費を減らすのは比較的簡単です。これまで週4日デイサービスに行っていたのを2日にしよう、訪問介護の回数も減らそう、という人が出てくるでしょう。また、サービスを受ける時間を減らせば、介護サービス費を減らせるので、デイサービスに半日しか来なくなる、訪問介護の時間を短くする人もいるでしょう。
もしも不必要なサービスがあるのなら、それを見直すのは重要なこと。介護保険制度を継続していくためにも必要なことです。
ただ、介護事業者にとってみると、このようにサービスを減らす利用者が相次げば、経営破綻に追い込まれることもあり得ます。一人ひとりの利用回数や利用時間が減ることも想定し、利用者の数自体を増やすことも考える必要があります。
これまで、事業者側は、利用料を支払ってくれさえすればよい、という視点で、利用者の所得全体を把握することはありませんでした。所得を知るということは、プライバシーに大きく踏み込むことになり、利用者さんとの間に線を引き、踏み込まないほうがいい、と判断することも多かったと思います。
しかし、今回のように大きな負担を強いられるのであれば、利用者さん側の所得全体から、利用料の支払いを考えてもらわなければならない事態も増えてくるはずです。つまり、所得は年間でどれぐらいなのか、預貯金は十分にあるのかを、利用者さん側から教えていただく必要があります。特に、入所施設の場合は深刻な問題になります。
8月から2割負担に増えそうな利用者がいないかどうかは、今からケアマネジャーや相談員が把握しておき、ケアプランに無駄がないかの見直しや、今後の対策を考えた方が良いでしょう。
その際、利用者さんと共に金銭的な対策を考える場合、何よりも大切なのは、信頼関係です。利用者さんにプライバシーの大切な部分を教えてもらうのですから、守秘義務を守ることは最低のルールです。その上で、費用負担の大変さを身にしみて感じ、利用者さんの側の利益になるような対策を取らなくてはなりません。そのように深慮して接することから、利用者さんとの信頼関係が生まれると考え、慎重に、そして親身になって話し合ってください。
次回は
「高額介護サービス費の負担上限額の引き上げ」についてお話します。
*「2015年介護保険改正」特集の記事をすべて見る
●こちらの記事も参考に
→介護職なら知っておきたい!2018年度介護保険改正で介護医療院を新設
→次回、2018年の介護保険改正はどうなる?全員2割負担、市町村の指導…
プロフィール
東洋大学 ライフデザイン学部 准教授
高野龍昭(たかの・たつあき)
社会福祉士・介護支援専門員。医療ソーシャルワーカーと高齢者分野の社会福祉士の業務を経て、‘94年に介護支援専門員(ケアマネジャー)に。通算19年の相談援助の現場実践を重ねたあと、’05年より東洋大学で教員に。著書に『これならわかる<スッキリ図解>介護保険 2015年速報版』(翔泳社)など。
3月には『速報版』をさらに詳しく論じた『これならわかる〈スッキリ図解〉2015年完全版(仮)』(翔泳社)が出版予定。