毎回、介護にまつわる問題点やちょっと困った介護スタッフの珍行動、介護現場での珍事件などを紹介するこのコーナー。
今週は、「老人ホームで部屋を引っ越したがる利用者」という話題について紹介します。
老人ホームに入居してから元気がないのはなぜ?
年度が変わるこれからの季節は、1年でもっとも引越しが多い時期。
引越し先を選ぶ際には、家賃や部屋の広さ、騒音や日当たりなど、考えなくてはいけないことが多いが、それは介護施設を探す際にも同じだ。
しかし、中には思わぬ理由で部屋の引越しをしたがるお年寄りもいるようだ。
介護施設と通常の集合住宅は、どちらも「大勢の人が住む」という点では同じだが、異なる点は多い。
介護施設では、介護サービスや食事の提供、職員の常駐などがあることはもちろんのこと、一般の住宅よりも建築基準法の“縛り”が厳しく、その形態や用途によっても建築基準法上の手続きが異なってくる。
また、介護施設は一般の住宅と比べると車や人の出入りが多いなどという特徴もある。
さまざまな違いがあるため、介護施設を選ぶ際には通常の集合住宅とは異なるチェックポイントがあるものだ。
それでも、利用者が部屋を選ぶときには、狭い部屋よりは広い部屋、日当たりが悪い部屋よりは日当たりが良い部屋が好まれるのは、一般の住宅と同じといえる。
都内の介護付き有料老人ホームで働くワカコさんは、過去にこんな利用者に会ったことがあるそうだ。
ワカコさんはいう。
「Yさんという女性は、90代ながらとてもかくしゃくとしていて、背筋もピンと伸びた品の良い方でした。身につけていらっしゃるアクセサリーや身の回りの小物はとても洗練されているし、本棚に並んでいる本も知性を感じさせるようなものばかり。
お気に入りのティーカップで紅茶を飲む姿は、“おばあちゃん”というよりは“ご婦人”という単語が似合うような方でした。
でも、入居してしばらくすると、Yさんの口数がみるみる減ってしまったのです」
ワカコさんが勤めている介護付き有料老人ホームは、都内でも庶民的な地域にある施設。
徐々に元気を失っていくYさんを見たワカコさんは、周りの人と話が合わないのが理由かと思っていたが、それはとんだ勘違いだった。
利用者の口数が減った原因は“西向きの居室”
「あるとき、Yさんに『この部屋はどっち向きかしら?』と聞かれたのです。私はそれまで部屋の向きなど考えたことがなかったのですが、Yさんがどうしても知りたがるので調べてみると、Yさんの部屋は西向きだということが分かりました。
そのことを伝えると、Yさんは『反対側の部屋に変えてもらえないかしら』と言うのです」
ワカコさんは施設長にそのことを報告し、施設長がYさんと面談すると、Yさんは意外な理由を口にしたそうだ。
ワカコさんが振り返る。
「Yさんは夕日を見るのがイヤだったのです。それまでは家族とにぎやかに暮らしてきたYさんでしたが、個室は基本的にはひとりぼっち。
そんなときに部屋から夕日を見ると、気が塞いで仕方がなかったようで、『日が沈むのを見ると、太陽を見るのもこれがもう最後になってしまうかと思う』とも言っていました。
ウチの施設は、東向きと西向きの部屋があるんです。利用料は同じですが、東向きの部屋は昼前に日が陰ってしまって冬場は寒いので、西向きの方が圧倒的に人気がありました。
恐らくそういった理由から、Yさんも最初は西向きの部屋を選んだのでしょうが、結果的にそれで元気がなくなってしまったのです」
幸いなことに、東向きの部屋は空きがあったため、Yさんはすぐに引っ越し、ほどなく元気になったのだとか。
ワカコさんは、その一件以来、夕日を見ると何となく寂しい気分になることがあるものの、同じ景色でも感じ方は人によってさまざまであると学べたことに感謝しているそうだ。