■書名:ナラティブ・ホスピタル~患者と紡ぐ医療・看護・介護~
■著者:乙野 隆彦
■発行元:幻冬舎
■発行年月:2015年8月26日
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介護職・医療職が、患者一人ひとりの人生を受け入れ、寄り添う「ナラティブ・ホスピタル」とは
現在、4人に1人が65歳以上の高齢者という状況になっているが、今後はさらに高齢者の割合が増えていくと予想されている。
そこで重要になっているのが、医療機関や介護施設が果たす役割だ。本書では、特にこれから介護の質が問われる施設として「重度慢性期病院」「特別養護老人ホーム・介護老人福祉施設」を挙げている。高齢者の割合が増加すると、人工透析が必要な糖尿病、認知症など、“治らない病気"を抱える人の割合も増えるからだ。
治らない病気を抱える高齢者に対して、介護職や医療職は、どのようにケアを行っていくのか。
本書「ナラティブ・ホスピタル」の「ナラティブ」とは、英語で「物語」を意味するという。「表情がない」「言葉がない」今はベッドに横たわることしかできない患者にも、一人ひとりに人生の物語がある。
その点を踏まえて、「1人の患者を看ていく(診ていく)うえで、その人の病歴だけではなく、その人のいままでの“物語”を知ろう。これから患者さん、家族、病院スタッフでその人の物語を作っていこう」。このような発想でスタートしたアプローチ方法を、本書では「ナラティブ活動」と称している。
本書は、2009年から富家病院グループが導入した、ナラティブ活動に関する取り組みやその背景を紹介したものだ。
最も多く実践されているのが、患者の日々の様子を記録する「ナラティブ・ノート」だという。
患者の病状やリハビリの内容などを記すのではなく、本人にまつわる気づきや出来事、交わした会話などをスタッフや家族が誰でも書き込めるノート。ふだん患者を訪ねることが難しい家族も、このオープンなノートを通して、さまざまな情報を共有することができるという。
また、治療に必要な生活歴や習慣などのデータはもちろん、もう一歩踏み込んで患者や利用者の歴史を知ることも行っている。家族や本人から、これまでどのような人生を歩んできたか話してもらうのだという。
患者や利用者のことを知れば、介護を行う側も、自然と感情移入しやすくなる。「できるだけ丁寧にケアしよう」、「できるだけ苦しくない方法を選択しよう」といった気持ちが芽生え、ホスピタリティの心を常に思い出すことができるとしている。
そのほか、特徴的なのは施設内通貨「ナラティブ」の流通だ。患者や利用者がリハビリなどに取り組むと、その報酬として通貨が発行されるという仕組み。ナラティブ通貨は、施設内の喫茶店でコーヒーを注文したり、カラオケを楽しむことなどに利用できる。新しい喜びを得て、思い出を増やしていってほしいという思いから導入したという。
日々忙しく業務に携わる中、こうした取り組みを負担に感じるスタッフもいるだろう。導入に際しては、難色を示した人もいたに違いない。同院でも最初からスムーズに導入できたわけでもなかったという。本書では「意識が低い人をどのように引き込んでいくか」など、ナラティブアプローチが浸透するまでの取り組みも紹介。スタッフごとに取り組みに対する温度差がある、ということも正直に書かれた上で「ナラティブにより、スタッフが一枚岩になっていく感じがする」と語っている。
<もはや目に見える変化もなく、この先も代わり映えしないようにも思われる患者・入居者にも毎日、何かは起きています。動作や会話・表情など、普通なら気にも留めない小さな出来事にも注意を向け、それをスタッフや家族と共有します。そうすることで本人の人生はまだ止まっていないこと、決してただ死ぬのをまっているわけではなく、今ある状態の下で精一杯、生き生きと人生を送っていることを確かめ合うことができるのです>
本書には、介護業界で働く人たちが自らの仕事への思いを語る「介護甲子園」に参加して、最優秀賞受賞を受賞するまでの道のりも紹介。ほかにも、ナラティブの重要なカギとなる臨床心理士の役割、実際に同院で医療・介護に携わっているスタッフの声も収録されている。
毎日、介護に携わる中、行き詰まりを感じたとき、違ったアプローチを知りたいときに読んでみることをおすすめしたい。
著者プロフィール
乙野 隆彦(おとの・たかひこ)さん
編集プロダクションを経てフリーランスとなる。ビジネス、医療、教育、IT、語学、人文学などの分野で雑誌・書籍の取材・執筆を行っている。