■書名:口腔医療革命 食べる力
■著者:塩田 芳享
■出版元:文藝春秋
■発行年月:2017年1月
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「食べて、喋って、笑う」口の健康こそが、高齢者の健康!
「食べる」こととは何か? おいしいものを食べれば、大抵の人は幸せや楽しさを感じる。
単に生きていく上での栄養補給という意味だけではないことは確かだが、私たちはその意味や働きを深く考えたことはない。
それは「食べる」ことが当たり前のことで、意識することなくできる行為だからであろう。
しかし、その当たり前のことができない、つまり「食べられない高齢者」が急増しているという。
老化という高齢者側の理由ではなく、食べることができないという医師の判断で、流動食、点滴、ひどい場合は、経鼻経管栄養や胃ろうにされてしまう。
なぜ、こんなことが起こるのだろうか?
筆者の塩田さんは医療ジャーナリストであり、この問題について3年もの時間をかけて取材し、本書にまとめた。
そこで明らかにされるのは、医療現場での「食べることの軽視」と「医科と歯科の狭間で見過ごされてきた口腔器官の重要性」である。
何かの病気にかかり入院すると、その病気の専門医が治療にあたるが、その治療を最優先とするために安全策として安易に食べることを禁じる。
また、嚥下能力の検査では、「安全に食べられるかどうか」ではなく「誤嚥の危険性があるかどうか」などの視点で検査するために、多くの人が食べられないと判断されてしまう。
ひとたび禁食になると、口を動かす筋力はどんどん低下し、噛む力はなくなり、本当に食べられなくなって栄養不足を招くことになる。
さらに、診療報酬の仕組みにも問題があるという。
食べさせるより食べさせないままの方が、また療養型病院では胃ろうなどの人工栄養の人の方が、報酬が高くなるというのも原因といわれる。
「食べる力」とは「噛む力」「送り込む力」「飲み込む力」の結集であるにも関わらず、医療現場では「噛む力」「送り込む力」は歯科の領域、「飲み込む力」は医科の領域となっており、総合的に「食べる力」を専門とする医師はいないというのが最大の原因であることが明らかにされる。
そこで「食べさせることを自分の使命と感じ」、「食べさせるために独自の評価を作り」、「食べさせるプロとして主治医から信頼されている」という3つの条件を備えた「食医」の必要性を塩田さんは強く訴える。
医療界では見過ごされてきた口腔器官であるが、口腔ケアをして、口の周辺の筋肉をマッサージし、少しずつでも的確に食べることをサポートしていくと、次第に喋られるようにもなり、笑顔が戻ったという実例が本書ではいくつも紹介されている。
身体の動きは多少不自由であっても、食べる力を取り戻した人は、とてもイキイキとして幸せそうだと塩田さんは言う。
<健康の定義が、肉体的・精神的に満たされている状態というのなら、「食べて」「喋って」「笑って」ができる高齢者は、心身が満たされている健康な高齢者と言えるのではないだろうか。
そこで、僕は超高齢社会の健康のバロメーターをこう定義することを提案したい。
「食べる」「喋る」「笑う」ことができる人が健康であると。
そうすれば、「健康」といえる高齢者はもっともっと増えるはずである。
「食べる」「喋る」「笑う」は全て口を使う。
口の健康こそが、高齢者の健康につながるのである。>
巻末には、簡単にできる口の体操も紹介されている。
口の働きに重要な役割を果たす表情筋は、鍛えれば若返るらしい。筋肉というものは、身体の中で唯一老化に逆らった働きをするものだからだそうだ。
これは、介護職でも施設でのレクリエーションに活用できそうである。
著者プロフィール
塩田 芳享(しおだ・よしたか)さん
1957年東京都生まれ。医療ジャーナリスト・演出家。成城大学文芸学部卒業。日活・松竹などで映画の助監督を務めた後、NHK・日本テレビ・TBSなどでディレクターや報道番組演出を手がける。現在は医療ジャーナリストとして、「医療事故」「救急医療」「研修医問題」「高齢医療」「胃ろう問題」などに対して、映像演出のほか取材・執筆活動も行う。
主な映像作品に、ドキュメクタリー人間劇場「捨てたら終わりや!」(ギャラクシー奨励賞、芸術祭参加)がある。